本当だったらこっちから先にアップするべきだったかな。
手持ちの記録の中では、最も古い登山。

もう9年も前になる2003年7月5日。
おそらくSBKとしても初だった登山は、いきなり日本一の山・富士山の頂を目指す。
しかも山開きをした直後の週末狙い。理由は単純、混雑はゴメンだぜ!の1点。

夜通し高速を飛ばして須走登山口に着いたのは確か午前2時40分とかそのくらい。
行きの車中、ヘンなテンションだった俺は仮眠を取ろうとしているメンバーを気にもせず、鹿注意の看板を見ては
「イヤ、シカし!」
の意味不明な言葉を連呼していたのも良い思い出だ・・・。

そんなおかしなテンションのまま午前3時15分くらいに登山口を出発。
この頃はヘッドランプもわざわざ買わなくていいや!って言って、マグライトをアタマにつけるバンドを購入して使ってたっけ。

須走口はどのガイドでも記載されている通り、最初は樹林帯を歩く。のだが、この樹林帯の写真をナゼ撮ってない、若かりし頃の俺・・・。
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登山開始から多分1時間くらい。東の空が赤くなってきた。

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前方には巨大な富士山の影。右側斜面には山小屋の灯りが見える。
左側斜面には残雪がある。
先はまだまだ長い。
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4時50分、樹林帯を抜け切った辺りで御来光を向かえる。
雲の切れ間から差し込む朝日が神秘的だ。
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しばらくすると雲が溜まったところを朝陽が赤く染め上げていく。
あの雲が纏まっている辺りは芦ノ湖があるところだ。湖面上で冷やされた空気がガスになって溜まってるんだね。

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5時18分、どこかの山小屋で休憩した時に撮った写真。
当時の山小屋は斜面にオール垂れ流しで臭かった。今はもうすべての小屋でバイオトイレ化が完了しているそうだから、この辺も綺麗になってるんだろうな。

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5時49分、すっかり陽が登り辺りは完全に明るくなった。
いかにも夏の山!って感じだ。

それにしても全然写真撮ってない。
のには理由があって、寝不足のお陰で軽度の高山病にかかってしまっていたんだよね。
そしてかなりバテバテ。そして山開き直後の富士山登山道は踏み固められておらず、一歩歩くたびに砂礫が沈み込んで全然登ってる感じがしない。これが余計に体力を消耗した。
おまけに良い天気。この陽射しで完全ノックダウン。
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9時18分。御来光館。
この辺で確かちょっと寝た記憶が。
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麓の方は雲に覆われてしまっていて見えない。

ここからはもう気力だけの登山。
重い足を一歩一歩無理やり動かして進んでいく。
もしかしたらこの時ちょっと登山をキライになりかけてたかも。こんなツライ思いして登らなきゃらならないとは。
後悔ばかりが脳裏に浮かぶ。

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すごい傾斜。
笠取山の山頂直下の傾斜がずっと続いてるようなイメージ。
でも直登ではない分富士山の方が楽なはずなんだけどね。

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そして10時16分、須走口山頂に到着。
確かこの手前の鳥居辺りからダッシュした記憶あり。そして直後に猛烈に後悔した記憶もアリ・・。

山頂の茶屋で多分30〜40分くらい休憩をしてから、お鉢巡りに行こうか・・・
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と話したんだけど、この時は行きませんでした。
だって俺もう限界だったんだもん。

その後あれだけツラかった登りがウソのような砂走りで下山。確か午後1時過ぎには登山口についてたような気がする。
ガッツリ日帰りで、朝3時過ぎから登り始めて、午後1時過ぎ下山。
10時間で一応富士山制覇。
今考えるとムチャなプランだw。
まあ若いから出来る強行軍だな。今やれって言われたらちょっとツライかもなあ。

正直ホントしんどかった。
途中何回も止めたいって思ったけど、下山して麓から富士山を見上げた時、
「あのてっぺんまで行ったんだよなあ(正確には剣が峰は行ってないけどね)」
という、なんともいえない充足感に浸ったものだ。
その後、新幹線や高速道路、近くのキャンプ場とかから富士山を見るたびに、この時の登山を思い出す。
もちろん、他の山から見たときも。


そんな富士山に、この夏再挑戦。
今度はちゃんと剣が峰まで行って完全制覇したいところだ。

※今日山小屋に問い合わせたところ、小屋のある本7合目までは夏道で行ける。
その先は吉田口との合流点でまだ除雪作業をしていて、ところどころ残雪があり。日中は大丈夫だけど、夜間や早朝などはまだ凍結の可能性があるため、軽アイゼンの持参が望ましいとのこと。
いずれにしても万全の準備をしていく必要はありそうだ。
もしかすると剣が峰回れるかどうかも微妙だけど。。

とりあえず、行く方向で進めてます!